カナビスと若年層の精神病リスク

強い証拠はないが、特定のリスク・グループで顕著

Source: The New Scientist
Pub date: 23 Mar, 05
Subj: Early cannabis use may risk mental health
Author: Louise Bleakley, stuff.co.nz
Web: http://www.thehempire.com/index.php/cannabis/news/
early_cannabis_use_may_risk_mental_health/

カナビスと精神病の問題を理解しょうと思うとき、研究者たちの調査研究そのものよりも、センセーショナルなマスコミの誇張や政治的思惑、社会の良識を代表していると自認する道徳家の告発、教育関係者の困惑、親の嘆きなどが入り交じって論争が展開され、尾鰭のついた話にさらに尾鰭がついて、ますます混乱に拍車がかかって分からなくなる。

その最大の原因は、ほとんどの評論家や発言者が、科学的な批判精神を持って研究者の 論文の原典 を読んで確認してみようとしていないからだ。だが、普通の人にとっては論文を入手して読むことなどは別世界で、いつのまにか誤解や誇張に洗脳されてしまう。

ここに取り上げる記事は、そうした読者を想定して、カナビスと精神病問題の研究の経緯と科学者たちの見方をバランスよく解説し、この問題を本当に理解したい人のための入門編になっている。


オランダの憂鬱

マーストリヒトはオランダでも魅力的な都市のひとつだ。ジム・ファン・オズの住む通りの奥にはコーヒーショップがある。コーヒーショップという名称は一種の隠語のようなものでオランダのあちこちで見られる。ここに訪れるお客はコーヒーを飲みにくるのではない。カナビスを買ったり吸ったりするために来る。

ファン・オズは自分の住んでいる場所を最悪とは考えているわけではないが、人を引きつける陰のような気配があることを好ましく思っていない。自分の子供にはコーヒーショップの前を通ってほしくないと思っている。そして最も眉をしかめるのが、そこでは法律が守られずに18才未満の未成年にカナビスを売っていることだ。

ファン・オズの懸念は普通の親の不安よりも深いところにある。彼はマーストリヒト大学の精神分析学者で、特に未成年の脳に対するカナビスの影響を調べている。その結果、カナビスの喫煙が子供たちに悪影響を与えることがわかり、それを思うと憂鬱になってしまうのだ。

2、3年前からファン・オズたちのグループは、ティーンエイジャーたちのカナビス喫煙が何年か後に深刻な精神の健康問題を起こしている症例を集めてきた。それには統合失調症も含まれる。彼は、オランダにおける統合失調症事例の13%がカナビスに絡んでいると言う。一方では,ティーンエイジャーのカナビス喫煙は増加を続けるばかりだと顔を曇らす。

こうした恐ろしい結果が伝わると、すぐにカナビスの法的な位置付けについての議論が湧き起こった。イギリスでもファン・オズの発見を政治家やタブロイドで取り上げるようになり、精神健康問題のロビーグループは法律の強化を訴えるようになった。


思ったより複雑

だが、事はそう簡単には進まない。一部の研究者たちは、ファン・オズの研究には致命的な欠陥があり、そのような未確立の理論をベースに法律を変えることは深刻な誤りを犯すことになりかねない、と指摘している。誰が正しいのだろうか? 結局分かってきたのは、最初思ったよりも答えは複雑らしいということだ。

ヘロインやクラック・コカインのような薬物に比較すると、多くの人はカナビスを比較的害の少ないドラッグだと考えている。ヨーロッパでは、カナビスの使用に寛大な見方をしている国もいくつかある。イギリスでも昨年カナビスがB分類からC分類にダウングレードされ、少量の所持が発覚しても、通常は逮捕されなくなった。

確かに、昔から医者に知られているように、短期間に多量のカナビスを摂取すると、しばしば、統合失調症の兆候に似た精神的な症状が一時的に表出することもある。しかしながら、議論となっているのは、短期一時的な問題ではなく、カナビスの使用が長期的な精神病を引き起こすのかどうかという点にある。


スエーデンの研究調査、慢性精神病が6倍に?

長期害があると最初に言われ出したのは1960年代のジャマイカで、医者たちが、カナビスをヘビーに吸うラスタファリアンたちは精神病になりやすいと指摘したのが始まりだった。その後1980年代になってロンドンにある精神医学研究所のロビン・マリーが、統合失調症や一部の精神病を患った患者は、精神病でない患者よりも2倍もカナビスの常用者になりやすいとする研究を発表し、その疑いがさらに大きなものになった。

しかし、カナビスと長期精神健康問題に決定的な結論をもたらしたのは、1987年に発表されたスエーデンの研究だった。ストックフォルムにあるカロリンスカ研究所のチームが、1969〜70年にスエーデン軍に徴兵された若者(97%が18〜20才)5万87人全員に対して、入隊前のドラッグ経験の詳細、使い出した年齢、使用頻度などを記録した情報をもとに解析調査している。

研究者たちは、各人の医療記録を1980年代中頃までフォローして、入隊前にカナビスを吸っていたグループでは、吸っていなかったグループに比較して、6倍も統合失調症で入院している者が多いことを見出し、カナビス喫煙が精神病のリスク・ファクターであることを示す明確な証拠だと結論づけた。


精神病の他の交錯因子を無視

だが、これで決着がついたかと言えば、全然そうはならなかった。確かに、研究はカナビス使用と精神病の相関関係を示していたが、多くの人が指摘しているように、必ずしもカナビス喫煙が精神病を引き起こしたことを証明したわけでもなかった。その理由のひとつに、研究では、統合失調症との関連のあると疑われるカナビス以外の「交錯因子」のいくつかを無視しているために、実際上、カナビス・ユーザーと非ユーザーの区別が明確にできていないことが上げられる。

例えば、カナビスなどのドラッグを使っている人の場合、幻覚剤であるLSDなどの他のドラッグも使っている可能性が高いが、実際にはそうしたドラッグが統合失調症を引き起こしていたと考えることもできる。その他にも、精神病になりやすい遺伝のような隠された因子やドラッグに手を出しやすい環境などといった要因も考えなければならない。

さらに重要なのが、例えカナビスの使用と精神病に因果関係があるにしても、研究では、どちらが原因になっているのかを確定できていないことが上げられる。確かに、カナビスが統合失調症を引き起こしている可能性もあるが、統合失調症の人は、その症状を緩和するためにカナビスを吸って 「自己治療」 する傾向があることも考えられる。


「自己治療説」 には強い疑問も

自己治療説はよく唱えられている説で、1980年代では最も主流な考え方だった。実際、精神病患者は、しばしば、カナビスで症状がよくなると証言している。また、最近の研究でも、カナビスの化学成分の一つであるカナビジオールには強力な抗精神病効果があると言われており、多発性硬化症の治療用カナビス・舌下スプレーを開発して認可申請中のイギリスGW製薬では、カナビジオールを統合失調症の治療薬として試験することも計画している。

だが、これでカナビスが精神病を引き起こすという考え方がなくなったわけでもない。自己治療説に強い嫌疑を抱いている一人が精神病理学者のドン・リンセンで、ヨーロッパのカナビスの首都といわれるアムステルダムの大学で、毎日、カナビスを吸っている統合失調症患者を診ている。

彼は、カナビスを使っている患者は、普通、使っていない患者よりも症状が悪くなってしまうと指摘して、「若者でカナビスをより多く使い、さらにより早い時期から始めた人のほうが、精神病になるリスクがより高くなる」 と語っている。つまり、もし精神病の人たちがカナビスで自己治療してても、よく機能していないことになり、リンセンの観察はロビン・マリーらの研究を裏付けるものとなる。

一方、いくつかの研究グループが、カナビスの長期的影響を突き止めようと大規模な調査を何年にもわたって勢力的に実施し、ティーンエイジャー時代にカナビスを使用していた若者が大人になってから精神病の兆候を示していないか調べている。基本的にはスエーデンの研究と似ているが、自己治療の問題をはじめ、交錯因子の失敗を繰り返さないように慎重に取り組んでいる。


統合失調症の主要な要因ではないが、リスク・ファクター

そうした研究の結果がここ2年ほどの間にいくつか発表されているが、どれも最初のスエーデンの研究の主張の正統性を追認するものになっている。「もはや疑う余地はありません。カナビスは統合失調症の原因の一部です」 とアイルランドのダブリンを本拠にするイギリス外科医師会の疫学者メリー・キャノンは言う。

キャノンは、1972年と1973年にニュージーランドのダニーデンで生まれた759人を追跡する研究に加わっている。研究者たちは、自己治療などの交錯因子を注意深く調整した後、15才以前に3回以上カナビスを吸った若者の場合、26才までに統合失調症の症状に苦しむ割合は10%で、一般の3%よりも高くなることを見出している。

研究チームは、この結果から、精神的な脆さを抱える少数のティーンエイジャーがカナビスを使うと害になると結論づけている。「必ずしもカナビスが統合失調症の主要な要因になると言っているわけではありませんが、リスク・ファクターになるのです」 とマリーは語っている。

同じような結果が、ギリシャの研究や、スエーデンの最初の研究を再分析して交錯因子を取り除いた新たな研究からも出ている。昨年末には、ファン・オズも加わったヘンクエットのチームも、ドイツ・ミュンヘン周辺に住んでいる14才から24才までのおよそ2500人の若者について4年間追跡調査を行っている。考え得るすべての交錯因子を調整した結論で、青少年のカナビス喫煙が後に精神症の兆候に発展するリスクは、全体としてやや上昇し、16〜25%増えるとしている。


少数だが、特定グループでは顕著

さらに、11才までに、思考過程に混乱の兆候が見られて精神病の疑いがあるとされたグループに限ってみれば、リスクはもっと強いものになる。グループの中でカナビスをやらなかった人の精神病になるリスクが25%なのに対して、吸ったことのある人は50%になっている。また、開始年齢が早ければ早いほど、結果も悪くなる。

ファン・オズやメリー・キャノンたちの忠告に従えば、全体数としては少ないが、精神病の傾向が認められる人の場合には際立ってリスクが大きくなるので、そのような人にはカナビスを使わないようによく説得すべきだということになる。

こうしたメッセージはすでに、色が付けられて社会に浸透し始めている。オランダでは、ファン・オズの研究がドラッグ規制法改革を求める人たちの声に油を注ぐ結果となっている。また、イギリスでは、精神病支援団体のセイン(sane)がカナビスをB分類に戻すように呼びかけ、イギリス政府も最近になって、かつてないほど強い調子で、カナビスが精神病の重要な要因の一つだとする認識を表明している。


統合失調症患者の率は増えていない

しかし、こうした見解を早計すぎると批判する研究者もいる。「私には納得できません」とオックスフォード大学薬理学部の教授で内務省のドラッグ乱用諮問委員会の委員でもあるレスリー・アーヴァーセンは語っている。「この件に関しては、まだ決定は下されていないと思っています。なぜなら、この30年間でティーンエイジャーのカナビス使用は急激に増加しましたが、統合失調症患者の率は増えていません。」

メリー・キャノンたちの使っている研究手法は分析疫学とも呼ばれているが、アーヴァーセンによれば、この方法については全ての交錯因子を特定することが困難なので、研究者たちの間では因果関係の証明があやふやだと考えられている。特に今回のように小さな統計的な違いにもとずいて結論を出した研究については、科学者はいっそう警戒するものだと指摘している。

確かに、ニュージーランドの研究では、15才のときに3回以上カナビスを吸ったとされる人数はたった29人に過ぎず、その中で精神症になったとされるのは3人だけしかいない。「私には、結論の根拠が貧弱過ぎると思わざるを得ません。もし別の交錯因子が一つでもあったら、一体どうするのか不思議でなりません。」

ファン・オズ自身も、自分の研究では、全ての交錯因子を除去できていないと認めている。


精神病との関連を示す強い証拠はない

アーヴァーセンは、また、それぞれの研究で精神病がどのように定義されているかという問題も指摘している。例えば、ファン・オズの研究では精神病の定義が非常に広く、カナビス・スモーカーの普通の体験する状態とかなりダブっている。ファン・オズは、幻聴とかパラノイドとかいった症状が一つでもあれば精神病としているが、これは統合失調症とは言えない。実際、およそ人口の20%がそのような症状を持ちながら暮らしているが、治療を求める人は20人に一人しかいない、と言う。

懐疑的に思っているのはアーヴァーセンだけではない。昨年、バーミンガム大学のジョン・マクラウドは、カナビスと精神病について調べた長期かつレベルの高い16件の研究を系統的レビューした結果を発表しているが、精神病とカナビスが関連しているという 「強い証拠はない」 と結論を書いている (The Lancet, vol 363, p 1579)。 「因果関係がないと言っているわけではありませんが、現在までのところ、通常の疫学の基準からすれば、証拠は十分に強くはありません」 と語っている。

関連については、実体的な理由からも疑われている。もし関連が本物であれば、ティーンエイジャーのカナビス使用が増加すれば、統合失調症もそれに合わせて増えなければおかしいが、そうなってはいない。2003年に、シドニーのニュー・サウスウエールズ大学の研究チームは、オーストラリアでは過去30年間にティーンエイジャーのカナビス使用は急激に上昇しているにもかかわらず、統合失調症は少しも増えていないことを確認している。

統合失調症が増えたとする研究も1件だけあるが、ロンドン中心部のキャンバーウエル地区のもので、絶えず人の出入りが続いている状態での結果については何も言えない。


遺伝子との関連

カナビスの使用が統合失調症を引き起こすのかどうかという問題は、ここしばらくは解決されないように見える。だか、遺伝子からこの問題に迫ろうとする別の切口の研究にも光が当てられようとしている。

キャノン・グループのメンバーでロンドンにあるキング・カレッジのアブシャローム・カプシは、遺伝子と環境の交互作用研究の権威で、2年ほど前に、うつ病の遺伝的疾病素因が死別のようなトラウマ経験と交互作用して病気になることを示して (New Scientist, 26 July 2003, p 15) 大騒ぎを起こしたことで知られているが、「このモデルをカナビスと精神病の問題にも当てはめてみようと考えたのです」 とキャノンは言う。

キャノンらのチームは、今度は、統合失調症の遺伝的疾病素因という変数を新たに加えて、ニュージーランドの研究データを再分析してみた。調査した遺伝子はCOMT(catechol-O-methyl transferase)と呼ばれている酵素で、脳内のドーパミンという神経伝達物質を破壊する働きを持っている。COMTには2つ型があり2個で1組になっている。つまり、組み合わせは3種類あるが、その一つが統合失調症に人にわずかに多くみられ、病気のリスク・ファクターと考えられている。

結果は極めて明解だった。ノーマルなCOMT2個が組になっている人の場合、カナビスを吸っても精神の健康にはほとんど影響せず、ノーマルと「バッド」が組になった人では、わずかに精神症のリスクが増加した。しかし、2個ともバッドな人の場合は、ティーンエイジャーの時にカナビスを吸っていると、精神症になるリスクが10倍に増え、カナビスが問題を起こすことが示された、と言う。

この結果はまだ発表されていない。キャノンは再検証が必要だと強調しながらも、「この影響の違いは非常に大きい。タバコの喫煙量と肺ガンの関係にも匹敵します。きわめて大きな発見です」と語っている。

これで、ひとまず一件落着になるのかもしれない。


どう対応すべきなのか

いずれにせよ、最後にどうすべきかという問題が残されたままだ。

ファン・オズは、精神の脆弱性を抱えていたり、家族に精神病歴があるティーンエイジャーの場合、ドラッグには絶対に手を出さないようにすべきだと主張する。また、法律を変更して、政府がティーンエイジャーのカナビス入手問題に焦点を当て続け、スカンクやホワイト・ウイドウのような非常に強力な種類のカナビスを禁止すべきだと主張する。

アーヴァーセンは、証拠が拡大解釈されすぎていると言う。「仮りにリスクがあるとしても、データが示しているは、非常に若いころからカナビスを始めたほんの少数の若者に当てはまるだけです。そのような脆弱性を抱える少数のために法律を変えろというのでしょうか? もし、少量のアルコールを飲んだだけで肝臓障害になる脆弱な人が少数いたとしても、彼らを守るために法律を変えろというのでしょうか?」


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精神病とは

・精神病とは何ですか?   精神の健康に問題がある状態をいいます。一つ一つの症状自体が病気というわけではありません。

・どのような症状が表れますか?   精神病の人たちは、しばしば、妄想的な観念を持っています。例えば、他人が自分の心を読んでいると思い込んだり、自分が莫大な金持で権力を持っていたり、有名だと思ったりします。また、普通、やることが非常に分裂的だったり、幻聴や幻覚を感じたりします。多くの人は、日常生活を営むことが困難ですが、自分の行動の異常性についての認識はありません。

・何が原因ですか?   精神病とすれば、統合失調症や躁鬱病が主なものですが、うつ病や認知症などの場合もあります。症状は、伝染病の感染、頭部の怪我、脳腫瘍、酩酊、中毒、トラウマ、などを経験した後に発症します。一部では、明確な原因がないこともあります。

・直りますか?   1回きりの発症で終わる人もいますが、精神病で一生苦しむ人もいます。