国連薬物犯罪事務所(UNODC)

アントニオ・コスタ所長への公開書簡


フレデリック・ポーラック

Source: ENCOD
Pub date: 6 Dec 2008
Open Letter to Antonio Maria Costa
Author: Fredrick Polak
http://www.encod.org/info/
OPEN-LETTER-TO-ANTONIO-MARIA-COSTA.html



国連薬物犯罪事務所(UNODC)、ウイーン
アントニオ・マリア・コスタ所長殿


●1年前の今日(2007年12月6日)、ニューオルリンズで開催されたドラッグ・ポリシー・アライアンスのカンファレンスで、私は所長に次のような質問をしました。

「オランダでは30年以上も前から成人のカナビス使用が緩和され事実上合法化されていますが、それにもかかわらずオランダのカナビス使用率は大半のヨーロッパ諸国やアメリカよりも低くなっています。もし、所長が主張するようにドラッグ禁止法に抑制効果があるとすれば、何故、抑制されていないオランダの使用率のほうが高くなっていないのでしょうか?」

私は所長からのお答えをいまだにお待ちしております。何度かコメントをいただく機会はありましたが、残念ながらまだこの簡単な質問にはお答えいただいておりません。

ドラッグ禁止法の基本的なコンセプトは、厳格に禁止法を執行すれば、ドラッグの使用はなくなる、あるいは少なくとも著しく減るというものです。ですが、オランダでは30年以上にわたってカナビスにリベラルな政策を続けてきましたが、カナビス使用のレベルはEUの平均を上回ったことはありません。

実際、フランスのカナビス禁止政策はオランダよりもずっと厳しくなっていますが、2003年のデータによれば(National Drugsmonitor 2007)、15〜24才で過去1ヶ月間にカナビスを使った人の割合はオランダが13%なのに対してフランスが22%になっています。また、2005年の15〜64才の場合は、それぞれ3%と5%になっています。この比較を見る限りでは、厳格な禁止法の執行のほうがカナビスの使用率を増やす結果になっています。

ここで注意していただきたいのは、私は、所長が好んで使っている 「ドラッグ・コントロール」 という用語は避けて 「禁止法」 という言葉を使っている点です。それは、所長の 「ドラッグ・コントロール」 が、実際にはドラッグをコントロールしいているわけではないからです。

処罰をベースにした禁止法の執行の結果引き起こされる多くの害の一つは、規制管理が不可能な地下市場の繁栄を促進してしまうことにあります。禁止法下では、ドラッグの市場をコントロールすることはできません。


●私は、2008年3月12日にウイーン開催された国連麻薬委員会において、NGOに一員として再び同じ質問をする機会に恵まれました。所長は、前回すでに答えているとの返事でしたが、それは間違いで、「オランダはアンフェタミン(たぶんエクスタシーのこと)を作ってほかのヨーロッパ諸国を毒している」 といって質問を逸らして誤魔化したものでした。

その後、この発言はオランダ政府から正式に抗議を受けて所長は撤回しています。また、アムステルダム市長も同じようにやり玉に上げていましたが、このことは、オランダ政府とアムステルダム市長の間にある重要な考え方の違いを理解していないことを如実に示していました。

今回も局長は、コーヒーショップ数が最近では減ってきているというデータを持ち出してきて話を逸らそうとしました。局長の言っているデータは不正確ではありますが、確かに、オランダ政府は他の国ばかりではなく国連からさえも強いプレッシャーを受けてコーヒーショップ数を減らしてきていることは事実です。ですが、このことは私の質問に対する答えにはなっていません。


Silenced NGO Partner - CND 2008  (YouTube)

そのことを指摘すると、局長はいきり立って、これ以上の議論は不要だとして 「ピリオド、ピリオド」 と叫んで次の発言者に話を振り向けようとしました。このあたりのやり取りについては、You Tube に動画が残されていますので、確認していただけます。


●次の質問の機会は、2008年5月15日 にバルセロナで開催された国際ハーム・リダクション・カンファレンスでも回ってきました。その時は、所長が4月22日にアムステルダムのダンプリング・コーヒーショップを視察に訪れたと聞いていましたので、私は、そのオランダ訪問でどのようなことを学ばれたかを尋ねました。

思っていた通りだったというのがお答えでした。オランダにおけるカナビス利用しやすさと消費レベルの関係の詳細については、「非常に近いうちに」 UNODCのウエブサイトに解説資料を掲載する予定になっているというお話しでした。

また、アムステルダムのカナビス中毒率が、ヨーロッパの他の大都市の3倍も高くなっていることがわかったと主張していました。この発言の様子については、You Tube でもご確認いただけます。


Polak's question - Round 3  (YouTube)

ですが、この発言についてはバルセロナの参加者たちに所長に対する不信感が広がったと言っても過言ではありません。専門家の間では、特にアムステルダムのような国際都市の場合には、小さな都市よりもあらゆる種類のドラッグの使用レベルが高いことは常識です。このことは合法あるいは非合法なドラッグであるかに関係もなく、厳格な禁止法を持っている都市についても同じことが言えます。

当然、所長の発表予定の解説資料にどのように書かれているのか関心が集まる結果にもなりました。しかしながら、それから6か月が経過した現在でも、約束の解説資料はUNODCのウエブサイトに掲載されていません。

確かに、2008年6月23日の所長のブログ 『コスタ・コーナー』 には、アムステルダム訪問直後に書かれた非公式のレポートが掲載されましたが、このエントリーにはソースや引用文献は何も含まれておらず、信頼できる論文を基にした科学的で厳格な疫学データーを正確に反映したものではない単なる感想文に過ぎません。

さらに、所長は、サンフランシスコとアムステルダムでのカナビス使用を比較した2004年の研究を無視しています。この研究は、それぞれの都市のレイナーマン教授とコーヘン教授が全く同じ手法を使って調査したデータを比較したものでよく知られています。

Cannabis in Amsterdam and in San Francisco  Reinarman, et al., American Journal of Public Health , May 2004, Vol 94, No. 5
カナビス禁止法が、より効力の強いカナビスを選択させている (2008.6.4)



Polak's question - Round 3  (YouTube)


アムステルダムとサンフランシスコは、人口、経済状態、都市の形態などの環境が非常によく似ています。しかし、カナビスについては、アムステルダムが事実上合法化されているのに対して、サンフランシスコはもっと厳しい政策を取っているという違いがあります。比較結果については、興味深い違いがたくさん示されていますが、特に注目されるのは、住人のカナビス使用率と、ヘロインなどの他の違法ドラッグをすすめられる割合の違いです。

25回以上カナビスを使ったことのある人の率は、自由なアムステルダムのほうが厳しいサンフランシスコよりもずっと少なくなっています。このことは、規則を厳格にすればするほど使用率は下がるはずだという主張が成り立たないことを示しています。

また、サンフランシスコのように規制が厳しい環境では、ヘロインやコカイン、アンフェタミンなどの違法ドラッグの使用も高くなることも見出されています。さらにサンフランシスコでは、カナビス入手にあたっては、違法ドラッグをすすめられる率がアムステルダムの3倍になることも示されています。この結果は、禁止法自体がゲートウエイの役割を果たしていることを物語っています。


●所長の6月23日のブログにもすぐに書き込もうかとも思ったのですが、余りにも内容が乏しかったので、近々出ることになっている解説資料を待つことにしました。しかし、解説資料はいっこうに出る気配がなく、私は、2008年9月9日にUNODCウエブサイトの一般情報欄の問い合わせ専用フォームから発行予定を尋ねました。ですが、何の返事もありませんでした。

私は、こうした状況をどのように解釈すべきかについて考えてみました。最初に所長に、カナビスにリベラルな環境のオランダのほうが多くのヨーロッパ諸国よりもカナビス使用率が低いことをどう説明できるのか尋ねてからすでに1年も経過し、この問題の解説資料をすぐに出すと約束してからでもすでに半年が経ちます。その一方で所長は、オランダのカナビス使用については立証もできないような主張をあれこれ言い張り続けてきました。

結局のところ、所長は、オランダのカナビス使用がヨーロップの多くの国やアメリカなどよりも低いことを認めるわけにはいかない立場にあるのだと結論するに至りました。成人のカナビス使用を認めたオランダの30年の実績は、違法ドラッグの禁止政策が失敗で、正当化できないことを示す確固たる証明になっているのです。誰もその現実を覆すことはできません。


●しつこいことは重々承知しておりますが、私は所長に四度、次の質問を投げかけます。

  1. カナビスの入手し易さと使用または乱用レベルの関係を示す解説資料は本当に用意されているのでしょうか?

  2. もし用意されているのなら、いつ見ることができるようになりますか?

  3. 2008年6月23日の所長のブログには、アムステルダムのカナビス使用レベルが他のヨーロッパの大都市の3倍も高くなっているとしていますが、その主張の根拠にしたデータはどこから引用したものですか?

  4. ヨーロッパ・ドラッグ監視センター(EMCDDA)の出している データ では、オランダのカナビス使用の広がりはヨーロッパで中程度に位置し、アメリカよりもずっと低くなっていますか、それをご存知でしょうか?

  5. 他の近隣諸国に比較して、オランダのコーヒーショップ・システムが決してカナビスの高い使用率を招く結果になっているようなことはありませんが、そのことはご存知でしょうか?

  6. オランダの実績は過去30年間の経験から導き出されたものですが、その証拠と禁止論を唱える人たちの主張とをどのように辻褄を合わせるつもりなのでしょうか?

もし、これらの質問にご返事いただけないようでしたら、私は、国連薬物犯罪事務所(UNODC)のトップである所長がオランダのカナビス使用の低さについて適切な説明ができないと結論せざるを得ません。また、アムステルダムのカナビス使用率が他の都市の3倍になっているという所長の主張には根拠がないと看做さざるを得ません。


●私が感じるところを正直に申し上げるならば、所長はドラッグの禁止政策に何らかの疑問を抱いているようにも思えます。僭越ながら、所長ももっと自分に素直になるほうが良いのでは?

信頼のできる確定的な証拠を前にしてさえ、禁止政策を支持する人たちがそれを誤りだったと認めたがらないのは、孤立して返り討ちに合う恐怖があるからです。

また、面子を失うという理由も別の恐怖になっています。実際、一部の裁判官や警察署長などの高官たちは、職務を退いてから「合法化」を支持していたという本当の気持ちをカミングアウトしています。

2008年3月の国連麻薬委員会に関する所長の 『目的に合わせたドラッグ・コントロールの構築』(Making Drug Control Fit for Purpose) と題するレポートでは、ドラッグ禁止政策によるネガティブな害について触れて、特に、この政策が 「裸の王様」 状態になっていることを認めていることが目を引きます。

現在のUNODCのままで所長が退けば、コストばかりがかかるわりには明らかに影響力もない非生産的な状態が続きます。しかし、所長がUNODCの禁止政策の根本的な欠陥を認めて改革に着手すれば、所長にとって生涯を越えた信頼を獲得することになります。


敬具

フレデリック・ポーラック氏は、アムステルダム市医療サービス部のドラッグ局に精神科医として何年も務めた経験を持ち、現在はENCODの執行役員としても活躍している。

国連薬物犯罪事務所のアントニオ・マリア・コスタ事務所長は、以前は経済アナリストとして国連の経済機関で活動してきた。前職はヨーロッパ復興開発銀行(EBRD)事務総長で、薬物関係の仕事を経験したことはない。ソーシャル・エンジニアリングの専門家としての手腕を買われて現在の職にむかえられたとも言われている。

この点に関しては、マリファナ禁止法の立役者であるアメリカ財務相のアンスリンガー局長に似ている。薬物の専門家でもない財務省の一役人がマリファナの悪害を大々的に宣伝し社会を洗脳していった。最後は、WHO麻薬委員会のアメリカ代表にまでなり、単一条約まで作り上げて法律や条約でカナビスをがんじがらめにした。財務というより、ソーシャル・エンジニアリングの専門家といってもよい。

United Nations Office on Drugs and Crime, Leadership
Cannabis as bad as heroin, warns UN drugs watchdog:

禁止論者の合法化で使用率が増えるという主張については、アメリカではしばしば、1970年代のアラスカの例が引き合いに出てくる。

内容にはいくつもの孫孫引きバージョンがあるが、どれも DEAのサイトにある 「1970年代にアラスカでカナビスが合法化されたときには、使用制限が19才以上になっていたのにもかかわらず、1988年のアラスカ大学の調査では、12〜17才の未成年のカナビス使用がアメリカ平均の2倍以上になっている」 という記述が元になっている。

しかし、DRCNetが、DEAにそのソースとコピーの提供を求めたところ、結局は何も提示されず、根拠が不十分であることが判明している。 DEAのサイトにはその他にもオランダやスイスなどいろいろな例を上げているが、どの例も記述が大げさで、しかも古くて根拠もはっきりしない。

また、1982年の別の調査によると、全米の高校生のカナビス使用率が6.3%だったが、アラスカでは4%に過ぎなかったという指摘もある。(Arnold Treback, "The Great Drug War")

さらに、1993年の社会科学ジャーナルに掲載された 論文 では、カナビスの非犯罪化された全米11州の状況を検証した結果、非犯罪化でカナビスの使用率がきわだって変化することはなかったと分析している。

イギリスでも、カナビスが非犯罪化(C分類にダウングレード)されたころからカナビスの使用率は下がり続けている。2002年のピーク時の成人の使用率は10.9%だっだが、2007年は8.2%に減り、使用者数は260万人になっている。

また、16才から24才の若者の自己申告によるカナビス使用も2004年からおよそ20%減っている。全体では、若者の21%が過去にカナビスを試したことがあり、8%が過去1ヵ月以内に使ったと認めている。これに対してアメリカでは、ドラッグ乱用・精神衛生管理局(SAMHSA)の2006年の調査データによると、18才から25才の若者で過去30日以内にカナビスを使った割合はイギリスの 2倍以上 になっている。

ロンドンのキングス・カレッジ精神医学研究所の精神科医であるミカエル・ファレル顧問は、「カナビスの使用が減ってきているのは良いニュースです。C分類にダウングレードすれば使用が増えると盛んに叫ばれてきたわけですが、そうなっていないことが示されたわけです。この傾向は、カナビスに対する規制を緩めて以降の数年間は、使用したと言う人が減った西オーストラリアの事例とも一貫しています。」 と話している。

イギリスNHSの最新報告 依然減りつづけるカナビス使用  (2008.8.19)
イギリスのカナビス使用、ダウングレード後の減少が続く  (2007.11.1)