ロンドン・キングス・カレッジの新研究

THCとCBDでは

脳機能への作用が全く異なる


Source: Institute of Psychiatry, King's College London
Pub date: 20 Jan 2009
New research reveals how cannabis alters brain function
http://www.iop.kcl.ac.uk/news/default.aspx?id=274&


カナビスの2種類の主成分であるTHC(テトラヒドロ・カナビノール)とCBD(カナビジオール)が脳に作用して認知機能や精神病的症状に影響を与えることが知られているが、最近、ファンクショナル核磁気共鳴画像装置(fMRI)を使っってそのメカニズムを調べた2本の研究が発表された。fMRIは、脳の血流動態の変化を調べて脳機能を画像化する装置で、脳の部位ごとの神経活動を測定できる。

カナビスは、違法なものとしては世界で最も広範に使われているドラッグで、精神に対して様々な影響を与える。簡単に言ってしまえば、カナビスを常用していると認知機能が障害を受け、統合失調症のリスクが増加するだけではなく、たとえ短期使用でも精神症的症状や不安を引き起こす。

こうしたカナビスの影響について、ロンドンのキングス・カレッジ精神医学研究所が発表した最新の研究について、研究を主導したフィリップ・マガイア教授は次のように語っている。

「この研究所は、カナビス使用によろネガティブな影響についての研究ではずっと最前線の仕事をしてきましたが、カナビスの2大成分であるTHCとCBDがどのように脳に作用して認知機能に影響を与えるかを調べた今回の新たな発見は、この分野でのさらなる科学的理解を推し進めるものです。」

これらの研究は、キングス・カレッジ精神医学研究所からはフィリップ・マガイア教授とゼリン・アタカン教授、ブラジルのリベイラウン・プレトのジョセ・クリパ教授、スペイン・バルセロナのリコ・マーチン・サントス教授らによって始められた。

彼らと研究所のチームは、カナビスの脳機能への影響を調べるために、健康な男性ボランティアを対象に核磁気共鳴画像診断と行動評価が使われた。測定は、1ヶ月の間隔を開けて3回行われ、スキャン前にはTHC、CBD、プラセボのいずれかが投与された。

生物精神医学ジャーナルの2008年12月に掲載された最初の論文は 『THCとCBDの神経的基本特性、反応抑制下での影響』 と題するもので、研究者たちは、GO/NO-GO作業中の脳機能に対するTHCとCBD影響について調べている。

GO/NO-GO作業では、押すことが普通になっているボタンを意識的に押さないように抑制できるかを調べることができるが、研究者たちは、通常この抑制反応に大きく関与している脳の前頭前野の一部の活動が、THCによって弱められてしまうことを見出している。

一般精神医学アーカイブの2009年1月12日号に掲載された 『感情プロセスにおけるTHCとCBDの効果の違い』 と題する第2の研究では、恐怖感情を起こさせる恐ろしさ歪んだ顔写真を使って、カナビスの不安への影響の神経生理学特徴を調べている。

通常は恐怖顔を見ると不安になって、脳の扁桃体が活性化し、皮膚の電導性(自律神経覚醒)の増加が促進されるが、CBDを投与した場合は、恐怖顔への扁桃体の反応が減少し、皮膚の電導性への影響も少なくなる。こうした結果についてフィリップ・マガイア教授は次のように結論付けている。

「これらの研究は、THCとCBDでは、人間の脳に対して全く異なった影響を持っていることを示しています。認知機能や精神的症状へそれぞれ別の影響があるという基本的な事実は非常に重要です。カナビスの成分の脳に対する作用がどうなっているのか知ることは、カナビス使用が精神病の原因になっていることを理解する上で欠かすことはできません。」

Neural basis of Delta-9-tetrahydrocannabinol and cannabidiol: effects during response inhibition.  Borgwardt SJ, et al., Biol Psychiatry 64(11). 2008 Jun 27.

Distinct Effects of {Delta}9-Tetrahydrocannabinol and Cannabidiol on Neural Activation During Emotional Processing  Paolo Fusar-Poli, et al., Arch Gen Psychiatry. 2009;66(1):95-105.

ロンドンのキングス・カレッジ精神医学研究所は、カナビスのネガティブな影響を調べている機関として特にMRI研究には積極的に取り組んでいることでよく知られている。また、基本的には、カナビスが統合失調症を引き起こすという立場を取っていることもあって、イギリスのカナビス反対派(SANEなど)の牙城にもなっている。だが、脳のメカニズム解明の研究においては、今回のような非常に重要な成果も含まれている。

近代薬学は、例えば、ケシから分泌したアヘンの有効成分を取り出してモルヒネを作りだしたり、ヤナギの樹皮の抽出エキスからサルチル酸を作り、さらに副作用の少ないアセチルサリチル酸(アスピリン)を化学合成することで発達してきた。やがて、純度の高い単一成分の医薬品のほうが、扱いやすく効力も優れているという通念が生まれて、植物などから有効成分を取り出すよりも化学合成によって医薬品をつくることが主流となった。

アメリカ政府も、ヤナギの皮をしゃぶっているよりも精製したアスピリンのほうが安定してよく効くのだから、THCを化学合成すれば、天然のカナビスよりも安定して医療効果が高いものができると考えても何ら不思議ではなかった。FDAは1985年に、ガンの化学療法にともなう吐き気や嘔吐の治療薬としてマリノールを医薬品として認可している。しかし、マリノールがカナビスに置き代わることはなかった。患者の大半が マリノールよりもカナビスそのものを使ったほうが効果の高い ことに気づいたからだった。

実際、カナビスには60種類以上のカナビノイドやテレピン、フラボノイドが含まれており、それらの成分がシナジー効果を起こしてより高い医療効果が得られることは以前から経験的に知られていたが、2008年7月の 神経因性疼痛モデル・ラットを使った動物実験 でも、単独の成分しか含まないマリノールなどの合成カナビノイよりも抗痛覚過敏効果に優れていることが示されている。

また、医療用カナビスは個人個人の症状によって最適な品種や摂取方法が異なるために、カナビス・ディスペンサリー では多様な製品を揃えている。また、2005年に強制閉鎖される前のマークエメリー・シードバンクでは、ピュア・サティバからピュア・インディーカまで20品種の種子が2粒ずつ入ったテスト・パックをはじめとして、医療用途に向いているとされる種子をたくさん扱っていた。


また、2008年3月26日には、BBCが 『Should I Smoke Dope?』 というタイトルの ドキュメンタリーを放送 しているが、THCのみと、THC+CBDをミックスした溶剤をレポーターに注射する実験が行われている。


http://jp.youtube.com/watch?v=VLejxGd6Pn0

後者の場合は気持ちよさそうな笑いを伴った体験をするものの、前者では恐ろしいパラノイヤに襲われ、レポーターは 「精神をずたずたにされて、もうこりごりだ」 と語っている。つまり、THC単独の投与ではカナビスの本当の効果は分からないことを示している。

こうした点からすれば、今回の研究の、THCとCBDの脳に対する作用が全く異なるという結論もそれほど意外なわけでもない。

これまでにも、THCの気化温度がおよそ200℃なのに対して、CBDは66℃と低いことや、CBDはカナビノイド・レセプターには結合しないでブロッカーのように働くといった 性質の違い も知られていたが、今回、脳の作用レベルでも大きな違いがあることが立証されたことは非常に重要な意味を持っている。

この発見によって、マリノールのように単独成分を合成したり、サティベックスのようにいくつかの天然成分の配合を固定化して製剤化しようとする試みが必ずしもカナビスには最適ではないことが明らかになったわけで、結局は、広い成分バリエーションを持つ天然のカナビスの中から自分に最適な品種を見つけて、最適な方法で摂取することのほうが利点が多いことがますますはっきりしてきた。

また、カナビスの効力(potency)については。従来からTHCの濃度(%)を使って表してきた。これは単独成分しかないモルヒネなど効力の場合や問題がないが、多成分がシナジー効果を生み出すカナビスについてはあまり適切とは言えない。

特に医療カナビスではTHCとCBDの割合が重視されるようになってくることは確実で、THCの濃度だけを言っても治療効果を表すことはできない。このために、効力をTHCとCBD濃度で「15/10%」のように表記したり、その他のカナビノイドやフラビノイドの全体の効果・効能(effectiveness)を効力(potency)とはっきりわけて別記するようになるのではないか。

しかし、医師や医学関係者の大半は実際にはカナビスのことをあまり知らないという現実があり、カナビス議論になると 普通の医薬品でのアナロジーを展開する 人も少なくない。他の医薬品がこうだからカナビスにも当てはまるはずだという主張は、単なる連想ゲームに過ぎず間違っている。

今回の研究は、カナビスを喫煙した1時間後にスキャンするという方法を使っているが、アメリカ・ハーバード大学の研究者たちは、天然のカナビス喫煙中の脳の変化について詳しく調べるために、MRI装置内で被験者が実際にカナビスを吸引するためのアタッチメントを作成している。

しかし、アメリカの公式のカナビス研究には政府が提供する品質の悪いカナビスしか使うことが許されておらず、実態に即した意味ある研究が行えないという制約がある。この装置でも、まだリアルタイムで脳の変化を観察できるようになったという段階に過ぎず、結論的なことは何も報告されていないが、手軽に実験が行えるようになれば大きな成果が期待できる。


Harvard Scientists Build a Device to Smoke Weed During Brain Scan
(Wired Blog 2007.9.27)


精神病や統合失調症など、カナビスが発達中の脳にどのような影響を与えるのかについてMRIで調べる本格的な研究はまだ始まったばかりの段階にある。いずれにしても、これまでの研究では決定的な悪影響があるという一貫した結果は出てはいない。

2005年11月に発表された 研究 では、未成年の統合失調症患者と健常者28人をいろいろな条件で4グル-プに分けて比較した結果、カナビスの使用が、統合失調症患者の脳の前頭葉前野の繊維束の発達不良を促しているとして、病態生理学的に、未成年の神経発達過程で統合失調症に見られる認知機能傷害が起こると主張している。

また、今回のキングスカレッジの研究チームも2007年5月にロンドンで開催された第2回カナビスと精神病学会の カンファレンス で、カナビスを常用していない健康な男性15人を対象に、THC,CBD、プラセボを喫煙投与して1時間後にMRI撮影をして画像を比較している。その結果、カナビスによるさまざまな症状や認知変化は、THCとCBDが脳の特定部位に影響することで起こっていると報告している。

しかし、これら研究の最も大きな問題の一つは、実際上MRIによる客観的な統合失調症の診断法が確立していないことで、別の統合失調症患者のMRI画像と似ているからといって、その人が統合失調症を引き起こしていることにならない点にある。また、一般論として、これらの実験で使われている横断研究(cross-sectional study)では、因果関係まで言及するには無理がある とされている。

一方、カナビス・ユーザーと非ユーザーの脳に違いはないというMRI研究とすれば、2006年5月の 研究 がある。研究者たちは、カナビス・ユーザーと非ユーザー10人づつのMRIを比較して、「常習的なカナビス使用でも、通常は、若者の正常な脳発達の神経毒にならないと結論できる」 とし、さらに予見として、「カナビスが単独で脳へダメージを与え、統合失調症のような神経障害を引き起こすという仮説が誤りであることを示唆している」 と述べている。

また、2007年10月に発表されたオランダの研究でも、40人のティーンエイジャーを対象に、カナビスを常用しているグループとカナビスを使っていないグループを半数づつに分け、記憶力と集中力テストとともに脳をMRIスキャンして比較結果、カナビスを吸っている若者は、吸っていないグループと同じように良好な状態を示している。