ドラッグ戦争の壁は崩れつつある


Al Giordano

Source: The Narco News Bulletin
Pub date: 11 Feb 2009
The Drug War Wall Begins to Fall
Author: Al Giordano
http://www.narconews.com/Issue55/article3393.html


ワシントン、ウィーン、リオ、シアトル、サウスカロライナ。ここ1週間に世界中のあちこちから流れてきたニュースは合流して、これまでの改革の川がさらに力強い大河へと変貌しつつある。


ドラッグ戦争の虚実

もう20年も前のことになるが、ジョージ・ブッシュ大統領は、モラリストを声高に自称するビル・ベネットを初代のドラッグ対策司令官(Drug Czar、ホワイトハウス麻薬政策対策室、ONDCP長官)に選んだ。

指名を伝えるカンファレンスで、果敢なレポーターの一人が新しい司令官に向かって、ニコチン中毒の人がどうやって国のドラッグ中毒依存性を追い払うことができるのかと尋ねた。あわてた大統領と彼はマイクから遠ざかってヒソヒソ話を交わした。ベネットは演壇にもどると、在任中は禁煙すると告げた。

9カ月後、漫画家のギャリー・トルドーは自身の連載漫画の中で、ネネットが最近出た製品を使って中毒を続けていることをスッパ抜いた。当時は、ニコチン・チューインガムは医師の処方が必要な代物だった。大手のマスコミは何週間も注目しなかったが、ワシントンポストがトルドーのスクープを伝えると、この話は一日で世間を駆けめぐった。

私も、1990年1月にワシントン・ジャーナリズム・レビューに、『ドラッグ戦争、報道をリードしているのは誰か?』 というタイトルのカバー。ストーリーを書いた。そのころからマスコミも、ドラッグ禁止法があちこちで、犯罪、腐敗、病気、暴力のカオスを生み出しているとして、ドラッグ戦争の嘘を盛んに取り上げるようになった。

そのような中で、政治のリーダーたちにもドラッグ戦争に疑問を投げかける勇気ある人が一人、二人と出てきた。例えば、昨年連邦下院にカナビス非犯罪法案を提出した バーニー・フランク議員、就任当初からドラッグ戦争に反対して非犯罪化を主張したカート・シュモーク・バルチモア市長、コロンビアの法務長官としてアメリカのドラッグ戦争に協力し、後に考えを改めて国際ハーム・リダクション会議に加わったガストバ・デ・グライフなどがいる。


ワシントンの変化

こうした流れはここ1週間でさらに大きくなった。世界各地から新しい時代の到来を予感させるニュースが続いた。すべての支流は合流して一本の力強い大河なりつつある。

ワシントンのホワイトハウスは、医療カナビスディスペンサリーに対する連邦麻薬取締局(DEA)の強制捜査を 終結させると発表した

ウイーンからは、国連のドラッグ政策を話合うアメリカ代表が、世界のドラッグ戦争遂行のためにブッシュ政権が改革への妨害を目的に設置した障害を取り除くとともに、1988年にアメリカで制定された注射針の交換プログラム禁止法を撤廃するために、国連の政策の変更を認めることにサインしたという ニュースが伝えられた

BBCラジオは、「アメリカは、エイズなどの伝染性のある疾病の拡大を抑えるために、中毒者たちに注射針の交換プログラムを認めて、サポートしていくことになった」 と報告している。


ラテンアメリカのパラダイムシフト

リオデジャネイロでは、コロンビアのセサル・ガビリア、ブラジルのフェルナンド・エンリケ・カルドーゾ、メキシコのエルネスト・セディージョの元大統領の3人が中心となり、ラテンアメリカの有識者を交えて 『ドラッグと民主主義、パラダイムシフトに向けて』 と題する報告書を作成して新しいドラッグ政策を提言している。在職当時は、3人の元大統領とも禁止論者の政策にもとづいて国を統治していた。

報告書では、現在のドラッグ政策を「失敗した戦争」と呼び、次のように結論付けている。
…この地域で過去30年間行われてきた「ドラッグ戦争」政策を緊急に見直すことが不可欠であり…

ドラッグの生産を根絶し、流通を阻止するとともに、その使用を犯罪として扱うことをベースとした禁止論者の政策では、期待した結果が得られなかった…

現在の抑圧政策は、偏見と恐怖とイデオロギーに深く根ざしたもので、問題を議論することさえタブーになってしまっている。ドラッグ犯罪組織についての情報は行き渡らず、ドラッグ・ユーザーを差別して閉じられた枠内に押し込めることでますます組織犯罪に近づけてしまっている…

従って、タブーを打ち破り、現在の政策が失敗していることを認めた上で、もっと安全で効果的の得られる人道的ドラッグ政策をもたらす新しいパラダイムについて開かれた議論が必要不可欠である…

として、次のように提言をまとめている。
  1. ドラッグ中毒者を違法市場からドラッグを買う人ではなく、公衆衛生上の患者として治療する

  2. 公衆衛生の観点と最新の医療科学をベースにして、個人使用目的のカナビス所持を非犯罪化して便宜をはかる

  3. ドラッグ・ユーザーの多くを占める若者に理解され、受け入れられる適切な情報キャンペーンと防止策を通じて、ドラッグの使用を減らす

  4. 全体的な抑圧政策ではなく、組織犯罪に対する徹底した戦いに方向転換する

  5. 違法ドラッグの栽培に対する抑圧一辺倒の政策を見直して再構築する


風はラテンアメリカから

9年前にこのサイトを立ち上げたときに私が書いた 『オープニング・ステートメント』 で指摘したように、風はラテンアメリカから北に向かって吹き始めた。元大統領たちも次のように書いている。
ラテンアメリカはドラッグ問題に悩ませられ続けてきたが、世界的規模の議論に積極的に加われば、ドラッグ問題の革新的な解決に寄与するパイオニア地域に変わることを意味する。

ラテンアメリカでは長い間、禁止論者モデルを批判することは禁句であったが、このサイトではこの9年間に多数の指導者たちや機関がそれを乗り越えてきたことを伝えてきた。折にふれて彼らは会合を開いてきたが、その度にアメリカのクリントンとブッシュ政権は、ラテンアメリカ統治国の民主化問題に干渉しながら、ドモクラシーとはどのようなものであるか説教し、考えられるあらゆる制裁、個人的な脅しを加え、さまざまな政策を押し付けてきた。

今日でも、アメリカがスポンサーになったコロンビア計画で数十億ドルの被害が出ている。弾圧は続き、地上には除草剤の散布が続けられている。同様の作戦はアメリカに接するメキシコでも行われて(メリダ・イニシアティブ、2008年10月に結ばれた協定で、麻薬対策のためにアメリカがメキシコに4億ドルを供与)、さらなる大破壊が進行中だ。すべては、ドラッグの禁止論者の政策そのものが害を引き起こした問題だということができる。

3人の元大統領の声明は、ヨーロッパで革新的なハーム・リダクション政策が成功しているように、ラテンアメリカ諸国も新しいドラッグ政策の実験場になることを呼びかけている。そのことでワシントンへの敵対心を鉾に納めて、過去何十年も続いてきたアメリカのドラッグ戦争による脅しや嫌がらせをやめさせて、誕生したばかりのオバマ政権に話し合いによる歩み寄りができる絶好の機会を提供できる。

前述したように、各国は国連の条約で本格的なハーム・レダクション政策が取り入れられないように抑圧されているが、アメリカがその妨害を中止するというウィーンのニュースは、ワシントンも抑圧政策の一部の失敗を認めたことを如実に示している。アメリカも変化に柔軟になってきている。


次期ドラッグ対策司令官にケルカウスキ・シアトル警察署長

次の2件は、今週伝えられたニュースでもアメリカ国内のものだが、それなりにドラッグ戦争の壁を崩す力を秘めている。

シアトルタイムズ によると、オバマ政権は、次期ホワイトハウス・ドラッグ対策司令官(ONDCP長官)にシアトル警察ギル。ケルカウスキ署長を指名した。正式に就任するには上院の承認を待たねばならないが、特に、地元のワシントン州の医療カナビス擁護者たちは、オバマ政権のドラッグ政策を決定づける人物として喝采を送っている。

ケルカウスキ署長は、2003年の市のカナビス所持犯非優先化住民条例案には混乱を招くとして反対していたが、条例成立後はその趣旨に従って、個人使用目的でのカナビス所持者の逮捕の優先順位は下げられ、逮捕者は減少した。

医療カナビス・グループのグリーン・クロス患者組合のジョアンナ・マッキー代表(自らも背中に強度の痛みを抱える医療カナビス患者)は、「神のご加護です。何とありがたいことか」 と賞賛している。彼女によると、ケルカウスキ署長は、ドラッグの違法乱用には厳しく取締っているものの、責任あるカナビスの使用についてはきちんと区別して対応していると言う。

シアトルの弁護士で医療カナビス患者の擁護車であるダグラス・ハイアット氏は、ケルカウスキ次期長官の最初の仕事は、医療カナビスを処方する医師をまもるために国のドラッグ政策を監督することになるだろうと話している。

しかし、前任者たちが「ドラッグ戦争」を遂行するための組織として使ってきたことから、ケルカウスキ氏に委ねられる改革は非常に大きなものにならざるを得ない危惧もあるとも述べている。

ケルカウスキ氏は、革新的なドラッグ政策を持ったワシントン州から出向いて。アメリカの以前の政権ではとても容認できない範囲にまで改革を押し広げることが期待されている。ドラッグ・ポリシー・アライアンス はワシントン州について次のように書いている。
ワシントン州では1998年11月に医療カナビス692条例を住民投票で成立させ、医師の推薦文書をもらえば末期またが重度の疾患をかかえる患者は医療カナビスを使うことが認められた。

ワシントン州は、1996年以降そのドラッグ政策改革の速度でニューメィシコ州と競っており、医療カナビスの合法化のほかにも注射器の販売と所持を非犯罪化するなどしている。

2002年には、議会が各種の非暴力ドラッグ事犯に量刑を引き下げ、節約した資金をドラッグの治療プログラムに資金としてつかっている。その額は2002年以降6年間で5000万ドルと見込まれている。

また、2004年にも議会は、新しい量刑手続きを導入し、裁判官がもっと思いやりのある判決を出せるように改めた。これを支持した中には、当時のロック知事、キング郡の共和党議員でシアトルの検察官でもあったノーム・メレングなどもいた。

ケルカウスキ警察署長は、こうした背景の中で最高度の仕事をこなし、すべての状況に対して適切に対応してきた。その彼が、次のホワイトハウス・ドラッグ他イサキ司令官になることは、そう遠くない将来、現在のワシントン州のドラッグ政策が国の隅々にまで行き渡る可能性を秘めていることを意味している。

ホワイトハウスのONDCPは、これまでビル・ベネットたバリー・マカフェリー将軍よような人たちに占有され、指一本の命令で多くの人々を傷つけてきたが、少なくともケルカウスキ氏は、そうしたアメリカのドラッグ政策を象徴する悪魔払いの論理に歯止めをかける役割は果たしてくれるはずだ。


最もピースフルな顔をした違法ドラッグ・ユーザー

また今週は、人並み外れた能力を持った若者(800-pound gorilla)のニュースで騒然となった。

サウスカロライナ州リッチランド郡保安官事務所の広報官は、北京オリンピックの水泳競技で8個の金メダルに輝いたマイケル・フェルプス選手(23)をドラッグ事犯で 検挙する可能性 があると語った。管轄区内で行われたパーティでカナビスを吸っていると疑われる写真がタブロイドに掲載からだった。保安官はすでに同じパーティに参加していた8人の水泳仲間を一斉検挙していた。

カーボーイ時代の保安官に限らず、保安官は世間が注目するような事件に遭遇することを窺っている。ドラッグ戦争の炎が燃えさかっているのに、貧乏人やマイノリティ、病人、あるいは浮浪者を捕まえることだけしかないに中で,突然アメリカ人の敬愛する人物とが引掛かってきた。だが、考えてみれば、このことで、マイケル・フェルプスが世界で最もピースフルな顔をした違法ドラッグ・ユーザーだという認識が生まれたと言えるのではないか?

この事件は、禁止論者たちの現在のドラッグ政策の下に貯まっている油に火を着けるようなものだ。フェルプスは健康で、穏やかな話し方をする。親切でユーモアもある。彼の顔を見たおばあさんたちは、誰だってけれを刑務所におくることなど望まないだろう。せいぜい頬をつねるぐらいなものだ。

今回の報道合戦は、結果的にはドラッグ戦争の偽善を各家庭のリビングに持ち込み、アマリカのドラッグ戦争がどれほどナンセンスかについて国中の食卓のまわりに議論を巻き起こした。

このように一歩づつだが、ドラッグ政策の変化が増えてきている。マイケル・フェルプスを殉教者にさせたことは、ベルリンの壁に最初のハンマーを打ち付けたようなものだ。これに刺激されて、ドラッグ戦争の壁に現れた明確な亀裂に何万のも一撃が加えられで穴が開き、コンクリが粉々に砕かれていく。