1. 飲食と喫煙



煙りを吸うという行為は人類だけが持つ特異な慣習の一つだが、原始的社会から高度に発達した社会に至るまでどこでも広く見られる。これが果して自然なことなのかどうかは誰にも分からない。たぶん、クモが巣を張るように、一部の人間にとって煙りを吸うことは持って生れた行為の一つなのだろう。にもかかわらず、多くの人は煙りを多量に吸い込むことが肺によいなどと思ってはいない。タバコにせよ、グラスにせよ、もっと軽い草の煙りにせよ、その熱やタール、にがみが喉を刺激し、酸素の吸入をさまたげ、時には肺の病気にかかりやすくする。

グラスを喫煙する方法を採らなければ、当然、残るは食べる方法しかない。しかし往々にして便利さが選択を促すものである。調理するのにストーブの上で1時間も費やし、さらに食べてから効き目が現われるまでに1時間も待っていなけれぱならないのに比べたら、ジョイントに火を付けるほうがよほど簡単だ。多くの人にとっては喫うという観念が身についてしまっているので、呼吸器の健康といったぐらいの理由で食べる方法に切り替えるなどとはとても思えない。肺機能の維持に盲目的な健康崇拝者でない限り、ごく当り前のグラス・スモーカーであれば食べる方法にスイッチしたりはしないだろう。

ここでは、誰れ彼れとなく一つの方法だけを押しつけようと意図しているわけではない。ストーンするためには2つの方法があり、その互いの長所と短所に光を当ててみようとしているわけだ。

喫煙は、上にも見たように、喉や肺を刺激する。初めてグラスを喫う人は、タバコの経験があれば少なくとも気持の上では煙りを喫うことに違和感を感じないかもしれないが、そうでなければ恐らく煙りを適切に吸い込めずハイになるのに十分な量を得られないだろう。

これに対し、グラスを食べるという行為はもともとマゾヒスティクと言うよりはヘドニスティク(快楽主義的)だ。初心者でもストーンできるし、煙りを喫うほど自虐的でもない。多量に食べると次の日は無気力で目が充血するようなこともあるが、通常量では不快な作用は起らない。

カナビスを喫うとその効果はほとんどすぐ現われる。完全に効くには早いものでも5分はかかるが、ハイな気分の始まりは直後から感じられる。喫煙のハイは通常1〜2時間半ぐらい続き、2、3服喫えば再びハイにもどることもできる。

カナビスを食べた場合は、最初のハイが感じられるまででも30分から1時間半はかかる。その後は気持のよい状態が強まっていき、4〜8時間、時にはもっと長く効いている。こうしたロングハイは、隠れて喫煙もできず、くり返しストーンできないような所に出かけるときにはとりわけ有利だ。例えば劇場で幕間にこっそりとトイレに行ってあわただしく2、3服などということは、楽しみをぶち壊し、うんざりするのがオチである。その点、食べてしまえぱワグナーのオペラ全編を見ている間でさえたっぷりとハイに浸れるし、家に帰ってからでもまだバルハラ宮殿の中にいる気分でいられる。

通常、食べた場合は効くのに90分ぐらいかかるが、本書の料理の多くはもっと速く効いてくるように工夫されている。慣れた人ならば15分以内に最初のヒットが感じられるようなものもある。

食べた場合のカナビスの効果は、喫煙のそれとは吸収経路が違うために多少異なって感じられる。喫煙では燃焼中にかなりの活性成分が変化したり、破壊されたりはするが、食べた時はカナビス活性樹脂が吸収されるまでに様々な酵素や消化液が作用して活性物質の構造を変えるからだ。こうした差違はまちがいなくハイの質にも微妙な変化を与える。その違いを書こうとすると、主観的になりがちで疑いを招きやすいが、一度でも経験すればそれははっきりと分かるだろう。明確に表現できるもう一つの違いは、食後の効果の発現が遅いことである。初期状態では、喫煙に比べると目立った効果は見られないが、時間が進むに従って“ハシシイーター”のハイはスモーカーが経験したことのないほど圧倒的なものになる。これはスモーカーならもう十分に吸ったというシグナルをすぐに得られるのに対し、ハシシイーターにはすぐには分からないということが原因になっている。こうしていったん出来上ってしまうと、とことん行ってしまい、ずっと行きっぱなしの状態が続くことになる。

このため喫煙に比べると、食べたほうがしばしばより幻覚的になり、空間が歪み、物が実際よりも大きく見えたり小さく見えたりする症状が表われやすくなる。もし車の運転や正確な感覚・判断力・反応を必要とする仕事をしなければならない時は、この点を十分に心に留めておかなければならない。

ジョイントを巻き、パイプをつめて友達の輪に回すという儀式は、捨て難い魔力を持っているが、同様に台所で秘薬を調理し、親友とその御供物をいただくというのもまた何とも言えないものだ。

喫煙の長所の一つに上げられるのは、実質的にはオーバードーズが起らないということである。喫い過ぎたらすぐに中断できるし、パスして次の人に回してしまってもよい。だが、食べたらこうはいかない。必要量の10倍も食べた上に、効き目が現われるまでさらに食べ続けてしまうようなこともあり得る。こうした事態では、量にもよるが、12〜48時間ものあいだ全く自意識をなくしてしまうようなことにもなりかねない。脹らんだり縮んだりする未知の意識領域に果敢に飛び出して行けるほど勇気あるインナートリップの飛行士でない限り、薬の耐性リミットを探るには注意深い観察が必要だ。当然のことながら、未知の物の摂取量を試すには少量からはじめて、必要に応じて徐々に増やして行くというのが第一の鉄則である。