見せかけの大問題

社会全体からすれば、重大な健康リスクとはいえない

2002年頃から相継いで発表された論文で、カナビス・ユーザーが精神病になるリスクは、ノンユーザーの2倍、あるいは3倍、4倍、6倍、10倍になるなどと書かれている。マスコミはこの数字にとびつき、あたかも世の中がひっくりかえる程の大災難が起こり始めているとセンセーショナルに取り上げた。

しかし、当然のことながら、マスコミの報道にはさまざま思惑と思い込みでバイアスがかかっている。特に、カナビスと精神病の問題についてはその傾向が顕著にあらわれる。実際には原論文すら読んでいないのではないかと疑わせる記事も少なくなく、マスコミ報道や解説記事だけを頼りに本当の姿を知ることは不可能だ。結局は、根拠になっている 論文 を併せて検証してみる必要がある。


●どの研究も、大半の人が統合失調症にならないということを示している

これらの研究で明らかになってきたことは、どの論文にも書かれているように、精神脆弱性を抱える未成年でヘビーなカナビス・ユーザーが顕著なリスク・グループになるということで、どの人でも統合失調症になるリスクが高くなるということではない。

それも、さらに最近の研究では、疫学調査と組み合わせて、遺伝子解析 や 脳波、 DTI などの画像診断などでリスクの高い人をピンポイントで割だそうとする試みに移行してきている。つまり、研究は、カナビスを使うとリスクが高くなる人の範囲を特定しようとする方向に向かっている。

このことは、逆に見れば、大半の人がカナビスで統合失調症になったりしない、ということをいっそう鮮明にする結果にもなっている。

確かに、学問としての医学的な面からすれば、ほんの一部の未成年であってもカナビスが統合失調症を引き起こすメカニズムを発見すれば大変な業績には違いないが、しかし一方、社会政策的にみれば、成人になってからカナビスを使い始めた人では統合失調症のリスクになることはほとんどないことを示していることのほうがより重要だと言える。


●限られたリスク・グループ

実際に、カナビスが精神病を引き起こすとしている論文であっても、冷静になって少しでも検証してみれば、その倍率が全体のごく一部で起こっている事柄を顕微鏡的に比較して導き出されたものであることが分かる。いずれの研究でも、リスクが高まるとしているのは、15才以下でヘビーにカナビスを使っていた未成年者で、生まれつき精神的脆弱性を持っていると思われるケースで、大半の若者は精神病にならないとしている。



例えば、ニュージーランドのダニーデンで行われた 研究 によると、被験者759人のうち、15才当時カナビスのヘビーユースを使っていた人が29人(全体の3.8%)で、それが原因で統合失調症(厳密には、統合失調症ではない発症期間の短い統合失調症様障害も含む)になったと診断されたのはその中の3人で、全体の0.4%だけしかいない。これをもとに、人口全体に対するカナビスによる統合失調症の割合を計算してみると、実際上は、とても社会全体を揺るがす程の問題ではないことがわかる。

このことは、最近発表された デンマークの研究 でも同様になっている。デンマークでは、カナビスは通常強いハシシが使われている上に、16〜24才のカナビス経験者が40%、最近1ヶ月以内の使用者が20%であるにもかかわらず、カナビスによって引き起こされたとする統合失調症を含む精神障害の発生は、10万人・年で2.7人しかいないほど稀だと書かれている。


●倍率によるマジック

しかし、ダニーデンのヘビーユーザーの29人中3人という数字(約10%)は、社会全体の統合失調症平均発症率の1%の10倍であることから、この数字が強調されて新聞に踊ることになった。

ところが、倍率は、対象の絞り方を変えれば容易に変化する。ダニーデンの研究では、15才のヘビー・ユーザーの場合は3回以上経験(以後常用)したことのある者と定義しているが、2回以上とすれば倍率はずっと下がる可能性もある。また逆に統合失調症になった者の中で2番目に多かった回数以上をヘビー・ユーザーと定義すれば倍率はもっと増えるかもしれない。

また、カナビス反対派に最もよく引用されている、カナビスで精神病になる率が「6倍」、という1987年の スエーデンの研究 でも、この数字は50回以上のヘビーユーザー(全体の1.7%)に絞った場合の倍率で、カナビス・ユーザー全体(9.4%)で計算すれば2.4倍に半減してしまう。

このように、ヘビー・ユーザーの回数基準にしても3回と50回というように研究者によって大きく異なっており、倍率の元になっている基準の定義にはもともと明確な理由もなく、研究者の作為が働いている。

また。他のよく出てくる比率の例としては、カナビスがなくなれば統合失調症が13%減るというものもある。確かに、この数字だけ見るととてもインパクトがある。しかし、実際に内容を吟味してみると、1000人中せいぜい1人減る程度で、統計的にはほとんど意味を持っていない。(統合失調症が13%減る?) しかし、カナビス反対派は統合失調症を減らせるとして、この数字をカナビス禁止の根拠として好んで取り上げている。


●絶対数と範囲条件の無視による誇張

さらに注意しなければならないのは、マスコミの報道では、サンプルの絶対数が少ないことや、リスク・グループが強く限定されているという事実をあえて無視するか余り触れずに、リスクが誰にでもあるかのように見せかけていることも少なくないことだ。この傾向は、特にカナビス反対派の識者のコメントや記事、統合失調症の子供を持つ親の話などを掲載した記事などで顕著に見られる。

科学においては、いずれの法則であってもそれが成り立つ境界条件というものがある。例えば、ニュートンの万有引力の法則も例外ではなく、マクロの境界を越えてミクロの世界でも成り立つわけではない。しかし、エセ科学は、たいていは、暗黙のうちにこうした条件を無視して理論を拡大解釈するところに特徴がある。ごく狭い範囲で成り立っている僅かな結果を無批判に広い範囲でも成り立つかのように主張する。

カナビスと精神病の問題をマスコミが特にセンセーショナルに報道している場合は、たいていがこの例にもれない。多くは、サンプルの数の少なさや精神脆弱性を抱えたティーンエイジャーのヘビーユーザーという範囲条件を曖昧にしか取り上げていないか、あるいは全く無視している。これは、誇張の報道ではなく、報道しないことでの誇張になっている。

比率と範囲条件の組み合わさった誇張の最も極端な例の一つは、カナビスで何らかの精神病的症状を見せた人のうち約半数(44.5%)が統合失調症に発展するという デンマークの研究 (上でも引用)の結果を取り上げた報道に見られる。この研究は病院に来た患者について分析したもので、カナビス・ユーザー全体ではなく、すでに何らかの異常を抱えている人が対象になっている。

数字が大きいのでインパクトが強いが、実際には人口の約20%が精神病的症状を持ちながらも治療を求める人は20人に1人しかいないと言われていることを母数として考慮すると、数字は途端に数%でしかなくなる。しかし、こうした研究の制約や範囲条件を十分に明示せずに報道すれは、専門家ではないごく普通の人の多くは、カナビスを使っていると半数が統合失調症になると誤解してしまってもおかしくない。


●社会全体からすれば、重大な健康リスクとはいえない

いずれにしても、研究者たちはそうした批判があることを十分に意識しており、実際には、マスコミの報道にも苦言を呈している。

上のダニーデンの研究では、 遺伝子の面からの分析研究 が行われているが、そのチームに加わったオダゴ大学のリッチー・ポールトン助教授は、「リスクが確実に増えるということを示しているわけですが、それが、発達の特別な時期にカナビスを使っていたごく少数の人に限られているということです」 と語っている。

この発見については、彼は、大げさに警告を出すほどのことではなく、「カナビスが極めて危険だとか、あるいは逆に安全だとか、極端な見方をするべきではありません。事実はどちらも支持していません。どちらか一方だけを喧伝しようとする人は、結果的に、若者たちに危害を加えてしまうことになります」 と語り、社会全体からすれば、カナビスに関連した精神病は、重大な健康リスクとはいえない、と指摘している。(カナビスと精神病には遺伝子が介在している

また、イギリスでカナビスの分類を戻すべきだとする議論が行われている最中の2005年の春に、カナビスの精神病リスクは2倍という 研究結果 を発表してマスコミをおおいに賑わせたファーガソン教授も、当惑して、「メディアは、われわれの研究結果で、カナビスの使用が精神病を引き起こすことが示されたと主張していますが、明らかに誇張です」 と語っている。

科学が政治の道具になっているように感じるとして、「一般に、リベラルな改革指向の人たちは結果を軽く見ようとしますが、保守的な傾向の人たちは、カナビスが精神病の主要な脅威になっているという証拠として使おうとします。いずれにしても、ごく微妙なグレーの影をあたかも白か黒かという議論にすり替えようとしています。私はどちらも正しくはないと考えています。双方とも、この問題に対して論理的な議論をしようとしていません。」

ファーガソン教授は自分の研究に強い自信を抱きながらも、先走って政治の攻撃材料として使われるべきではないとも主張している。研究の結果は、「医療目的のカナビスの利用を禁じたり、カナビス所持に非犯罪化要求を阻止するための根拠にはなりません。結果が示していることは、カナビスが精神に作用する物質であり、ヘビーな使用には副作用があるので、適切な注意を払いながら使うべきだということです」 と述べている。(カナビスへの恐怖は如何にして作られるのか


●イギリス政府もリスクが僅かであることを認めている

また、イギリス政府自身が運営する反カナビス・キャンペーン組織 Talk To Frank が2007年5月に発行したリーフレット 『Cannabis Explained』 でも、カナビスの使用で統合失調症に発展するリスクはほんの僅かに限定されていることを認めている。

「エビデンスが因果関係を示唆していることは確かであっても、統合失調症に発展するための原因としては、カナビスを使っていることが必要条件でも十分条件でもありません。」

「イギリスでは、過去1年間に300万人以上の人がカナビスを使ったと推計されていますが、それが原因で統合失調症になったとされる人は非常に少なく、統合失調症になった人の多くはカナビスを使っていません。入手可能なデータによれば、カナビスの使用が統合失調症に発展するリスクは、ほんの僅かな人に限定されたものになっています。」

カナビス知らずの反カナビス・キャンペーンの嘘、イギリス政府の Talk to Frank


●アメリカ精神医学会も医療カナビスの使用を支持している

2007年11月、3万6000人の会員を持つアメリカ最大の精神科団体である アメリカ精神医学会 は、総会で医療カナビスに対する支持を「満場一致」で採択している。

このことは、少なくともアメリカの精神科医たちは、カナビスが精神病を引き起こすとする懸念よりも、カナビスによって得られる治療効果のほうが大きいと考えていることを示している。