統合失調症とは

予備知識
「心の病」 といっても症状の幅は非常に広いが、大別すれば次の3つのレベルに分類される。

1 病気とは呼べないレベル
誰でも、親しい人の死、離婚、失恋、受験の失敗、失業などで落ち込んだり情緒不安定になったりする。しかし、しばらくして自然と回復すれば、こうした程度の体調不順は病気とは呼ばない。

2 神経症レベル … ノイローゼ、鬱
緊張や不安で、人に合ったり、外出したりすることが億劫になったり、嫌なことを無理にしようとすると頭痛になったり体が動かなくなるなど日常生活に支障がでる。神経症の特徴には、本人に自分の状態への認識(病識)があること、不安などの内容が他人にも理解できることがあげられる。

心身症や鬱病などもこのレベルに含まれる。鬱病の発症率は全人口の約5%と言われているが、その他のうつ状態も含めると20%が何らかの形でうつ状態で悩んでいると推定されている。

3 精神病レベル … 統合失調症
本人には病識がなく病気の自覚がない。自分が神だと確信していたり、他人が理解できないような妄想にとりつかれていたり(誇大妄想)、また、幻覚,知覚の歪み,独り言、独り笑,人に見られているような錯覚、外から操られるような錯覚(被害妄想)などがあり、異常な興奮や緊張で回りとの意思疎通ができず日常生活に支障がでる。

一般に、体質的素因(ストレス脆弱性)、日常生活での慢性的なストレス、発症のトリガー、の3つの要件が重なった場合に発症すると考えられている。生涯発病率は約1%で、地域や性別差はあまりなく、ストレス脆弱性を持った10代の後半から20代にかけての若者が発病しやすい。


カナビスによる「精神病」についてはさまざまに語られているが、精神病という言葉は狭い意味で使われたり広い意味で使われたりする。

心、あるいは精神の健康のことを「メンタル・ヘルス」と呼ぶのはいいにしても、心や精神に何らかの不調を抱えている状態をすべて「精神病」と呼んでしまえば、健康な人以外は全員が病気と言っているのと同じで、実際には病気の定義ですらなくなる。

カナビスの害を語る反対派の人たちにすれば、精神病の間口をできるだけ広くしてその悪害を指摘しようとするが、その議論は、医学的なものではなく、政治的なものである。

最も極端なのは、カナビスによって物の考え方やライフスタイルが変わってだらしなく無気力になったとして、精神の崩壊の特徴だとする指摘があるが、一方的な価値基準や道徳の押し付けに過ぎず、統合失調症とは何ら関係がない。(ナハス教授の聖戦、虚報の技術 ダッチ・エクスペリエンス)


バッドトリップは精神病ではない

カナビスの場合は、バッドトリップによる パニック症状も精神病 と呼ばれることもある。

バッドトリップは一過性で数時間しか続かず、実際の手当てについてはゆっくりした場所で飲物を与える程度で十分であるのに、病院にいけば無理矢理「精神病」にされてしまうこともある。診断には、「急性」などという修飾語がつけられたりすることもあるが、実態的には、精神科で診察を受けたからという理由で精神病と呼んでいるのと何ら変りはなく、医学的な合理性はない。

しばしば、うつ病や気分障害、心的外傷後ストレス障害(PTSD)なども精神病と語られることがあるが、統合失調症とはあきらかに異なる。だが、うつ病が統合失調症に発展することもあり、その連続性から、うつ病と統合失調症を一括りにして精神病と呼んでしまうこともある。しかし明らかに拡大解釈で、医学的な合理性という面からは誤解されやすい。

カナビスに関しては、多くのうつ病患者が自己治療で使っていることが知られている。治療効果については いろいろに語られている が、プラスになっていると指摘する論文も最近いくつか発表されている。


課題は統合失調症

カナビスと精神病の中心課題は、統合失調症との関連にある。

しかし、医学的な方面から統合失調症をみると、統合失調症の病状の定義も曖昧で、病気の原因もよく分かっていないという問題もある。病名ですら、日本では2002年の6月に精神分裂病から統合失調症に改められ、現在のイギリスでも名称の変更が検討されているほどだ。(Schizophrenia term use 'invalid' BBC 9 Oct 2006)

また、計器を使った診断法も確立されていないために、客観的なデータのもとづく議論を難しくしている。実際の統合失調症の診断は、精神科医が、本人ばかりではなく家族や知人からも話を聞いて、症状を総合的に評価して行う。幻覚や妄想などを含む症状が最低6カ月続き、仕事、学業、社会機能に顕著な低下がみられることが診断の必須条件とされている。

統合失調症の診断基準にはいくつかあるが、現在では、DSM-Wによる診断基準が多く使われている。(統合失調症の診断基準

  1. 病気の症状が少なくとも6ヶ月間にわたって存在している。
  2. 仕事の能力や社会的役割、身の回りの世話などの面で、以前より機能が低下している。
  3. 器質性精神障害や知的障害による症状とは考えられない。
  4. 躁うつ病を示唆する症状は認められない。
  5. 以下のa、b、cのいずれか1つが認められる。
    a.以下のうち2つが少なくとも1ヶ月、ほとんどいつも認められる。
       ・妄想
       ・幻覚
       ・まとまりのない会話
       ・ひどくまとまりのない行動、あるいは緊張病性の行動
       ・陰性症状(感情の平板化、無関心など)
    b.当人が属する文化集団にとって、思いもよらない奇抜な妄想
       ・例えば、自分の考えが頭から抜き取られると信じている
    c.行動を絶えずあれこれ批評されているように感じる
       ・幻聴
       ・2人かそれ以上の声が会話している幻聴が顕著に見られる

統合失調症の陽性症状と陰性症状

陽性症状には、妄想、幻聴、幻覚、思考障害、奇異な行動などがある。例えば、被害妄想では、いじめられている、後をつけられている、だまされている、見張られているなどと思いこむ。幻聴や幻覚では、無い物を見たり、無い声が聞こえたりする。

思考障害では思考が支離滅裂になり、話にとりとめがなく、話題が次々に変わり、他人には意味不明な会話をする。また、奇異な行動では、子供じみたばかげた行為や異常な興奮、不衛生、不適切な振舞が見られる。

陰性症状とはそれまであった性質や能力が失われる症状で、全般的な意欲喪失、目的意識の欠如、目標の喪失のよって、感情鈍麻、会話の貧困、快感消失、社会性の喪失などが表れる。感情鈍麻では、感情が平板化し、表情に乏しく、人と目を合わせず、感情表現がなく、会話が続かなくなる。社会性の喪失では、他者とのかかわりに興味を失う。

メルクマニュアル、 統合失調症


統合失調症の経過

統合失調症の予後については、「進行性経過を取り、ほとんどが人格の荒廃状態に至る」というイメージないし偏見が今日もなお残っているが事実に反している。

科学的な長期予後調査によれば、統合失調症の長期予後は極めて多様であることが明らかとなっている。おおむね、約3割の患者が元の生活能力を回復し、約5割の患者が軽度の残遺症状持ちつつも生活能力が若干低下する程度に安定し、約2割の患者は中等度から重度の残遺症状を残し生活に支障をきたすとされている。

また、統合失調症の人のおよそ10%が自殺すると言われている。

統合失調症 ウィキペディア


統合失調症様障害

統合失調症は症状が6ヶ月以上持続しているこのが条件になっているが、統合失調症に似た特徴的な症状が1〜6カ月しか続かない障害のことを統合失調症様障害と呼んで区別している。

比較的短期で治癒するとされているが、統合失調症に発展する場合もあるために、カナビスと精神病の研究では、統合失調症と統合失調症様障害を合わせてリスク倍率を計算しているものもある。


カナビスと精神病に関する研究には3つのモデルがある

カナビス精神病の調査研究では、カナビスで精神病になるリスク倍率を計算する原データとして、必ずしも調査対象者が統合失調症になったかどうかを調べているわけではなく、次のような3種類の手法が使われている。
  1. 統合失調症の診断  Zammit, 2002
  2. 統合失調症+統合失調症様障害の診断  Arseneault, 2002
  3. 精神病的な症状の有無  Van Os, 2002Fergusson,2003Stefanis, 2004Henquet, 2005
実際には、統合失調症の診断データを元にしている有力な調査は1つしかなく、多くは、統合失調症に見られるいくつかの典型的なパラノイド症状をピックアップして、その症状を体験したことがあるかをアンケート調査する3番の方法を採用している。当然のことながら、この手法に対する批判も多い。

結局、リスクは何倍なのか?


カナビスによる精神病を特徴づける特有の症状はない

現在まで、様々な調査や研究が行われているが、カナビスによる精神病を特徴づける特有の症状があると主張している論文は見当たらない。もともと、カナビスによるとされる統合失調症は 実例が少ない こともあるが、カナビスだけに見られるような特有の症状は報告されていない。

アメリカで禁止法が制定された当時は、カナビスが原因で精神がおかしくなり殺人者になるという、他のどの精神病とも異なる特有の症状が語られたが、現在では、そのような症状があると考えている研究者はいない。

あえて特徴としてあげれば、カナビスを使っている統合失調症患者が多いことが上げられるが、これは、ただちにカナビスで統合失調症になったことを示しているわけでもなく、カナビスを使うことが病気の症状の一つというわけでもない。カナビスには精神病の症状を緩和する働きがあり、精神病患者は自己治癒のためにカナビスを使っている場合もあることが知られている。

統合失調症全般については、イギリス王立精神科学会が、素人にも分かりやすいQ&A形式で症状、原因、治療などについて説明した25ページのリーフレット(pdf)を出版している。
Schizophrenia: what causes schizophrenia? Mental Health Information leaflet, Royal College of Psychiatrists